大相撲春場所を振り返りますが、変化と差別の話は難しいですね





感動的な稀勢の里の優勝で幕を閉じた、平成29年の大相撲春場所でした。振り返るといっても、各々の力士はそのたびにコラムで書いていますので、今回はこのテーマについて・・・。

ネットを見ていると、稀勢の里の変化と照ノ富士の変化に関して、同じ変化なのに照ノ富士には激しいブーイング、差別ではないか?という言説を見かけました。

まず照ノ富士の変化に対してですが、琴奨菊の大関復帰も掛かった大一番ですから当然です。楽しみにしていたのに、腹が立ちました。しかし腹は立っても、少なくとも非難はしていません。大相撲ファンの大部分は、そうだと思います。勝負は勝負、別物です。

前回私も、照ノ富士に厳しい記事を書きましたが、非難した内容ではないはずです。横綱を目指すなら、角界の金看板のやるべきことではなかった、という趣旨です。たぶん国技館でブーイングをしたファンも、同じ思いでしょう。その瞬間、腹が立ったに過ぎないと。

力士の重量化で、アンコ型が主流の現在の土俵で、均整のとれた体で昭和的相撲を見せるモンゴル人力士の存在は大相撲ファンにとって大切です。日本人とかモンゴル人という意識も薄いはずです。

ナショナリズムに関わるヤジがあった、ということがポイントのようで、それは確かに問題です。お相撲ファンと一般の方との距離感もあるでしょう。簡単には済ませられないので、こういう問題は、また機会があれば書いていきます。

ということで春場所を振り返りましたので、次回からは最強の力士名鑑の完成を目指して、なつかしの力士の記事を投稿していきます。どうぞ、よろしく。





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