大鵬 は力士のあるべき闘志の現わし方を示した大横綱でした





巨人・大鵬・卵焼き」、言うまでもなく高度経済成長期の日本の、子供たちにとってのスーパースター。これに対して大鵬は、「巨人は何人もいるけど、オレは一人だ」と言ったとか言わないとか。

Jリーグが生まれた頃から、娯楽としてのスポーツの多様化が語られるようになり、突出したスーパースターが生まれにくい、などという言説も出てきました。

しかし実際に高度成長期に少年時代を過ごした私は、同時期にボクシングではF原田を初めとする世界チャンピオンたち、プロレスではG馬場・A猪木のBI砲、サッカーは銅メダルの釜本、キックの鬼の沢村忠、ボーリングの中山律子等々、スポーツはすでに充分に多様化し、各分野にスターが生まれていたことを知っています。

それでも巨人・大鵬は別格。今ほどマスコミが発達せずスターが身近ではなかった時代、大鵬は巨人のONとともにスーパースターの中のスーパースター、まさに 「神々がいた時代」 と呼ぶべき時代のスーパースターでした。

常に冷静沈着、負けない相撲はコンピュータ相撲とも呼ばれました。相撲の柔らかさは白鵬に近く、白鵬のお尻のあたりをさらに大きくして腰が重かったのが大鵬でした。

「大鵬負けろ」との声がよく飛びましたが、同じように言われた北の湖はそのふてぶてしい面構えでの悪役人気、対して大鵬へのそれは完璧な相撲振りへの畏怖の念が含まれていました。

前さばきが良く、かいなの返しが抜群に巧く、丸太のようなかいなを返さ れれば、相手力士はもうそれだけで身動きが出来ない状態となります。こんな感じです。

大鵬

余裕の四つ身です。左四つの力士は右四つでは相撲が取れないケースが多いようですが、大鵬は右でも取れました。連勝記録は「世紀の大誤審」もあって記録としては目立っていませんが、当時は横綱に対して大胆な仕掛けをしてくる曲者が多かったのも事実。大負けしているのに大鵬には勝った、というパターンがよく見られました。

大鵬

入門当時、とにかく細かったというのも白鵬に似ています。それでいて幕下2枚目まで負け越し無し、強いというよりも負けない、「負けない相撲」は取的時代からのものでした。もちろん新弟子時代から、十両の滝見山をコーチ役にした英才教育の凄まじい猛稽古があったからです。

冷静沈着と見えながらも、それは悠揚迫らぬ土俵態度から大相撲ファンが抱いたイメージ。実際は行司に抗議して、物言いついて差し違え、ということもあったほど勝負への執念がありました。

しかしその土俵態度から、冷静沈着のコンピュータ相撲の記憶の方か強く残ります。大相撲の力士が見せるべき闘志は、見てくれのパフォーマンスや相手を威嚇するような表情や動作ではなく、正々堂々の作法と所作の中からにじみ出すべきものだとするならば、大鵬はまさに力士のあるべき闘志の現わし方を体現した、本当の大横綱でした。



力士名鑑 : 大鵬

 

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