若乃花

若乃花 「土俵の鬼」の前はキツネ、そしてブッタンガエシのファンタジー





土俵の鬼」、若乃花の現役時代を見るのに、私はほんの少し間に合いませんでした。必殺の呼び戻し仏壇返しとも呼ばれ、その非情なまでに叩きつけるさまが強調されるわけですが、私の父がこれを「ブッタンガエシ」と発音するに至り、それはファンタジーの世界となりました。

大相撲を見始めた、まだ幼稚園にも行くか行かないかの子供にとって、それはウルトラマンとかそれに出てくる怪獣の名前と同じような音の響きがありました。

若乃花 呼び戻し

これが呼び戻し・・・ブッタンガエシです。頭の方から落とすことが多く、(もちろん頭から落とそうとするのではなく、自然の流れですが)まさに「土俵の鬼」でした。

若乃花

179cm・105kgの体で、がっぷり四つを好みました。若乃花の土俵人生は昭和21年、まさに戦後の復興期からスタートを切ります。ガランとした仮設の会場で相撲をとり、いつか国技館を満員にしたいという強い意識で相撲をとっていたといわれています。

「お客さんが喜ぶ、いい相撲をとる」この気持ちが栃若時代の、驚くほどの激しい動きと根気強い粘りの相撲、まさに「大相撲になりました!」という土俵を展開することになったのでしょう。

稽古も質・量ともに、凄まじかったようですね。「相撲の稽古は山を登るのと一緒、一歩を踏み出すときは面倒くさい、苦しい。だが峠を越え、エンジンが掛かってきたら、2時間・3時間やっても平気になる」、と語ってます。

親方になってからの厳しさも有名で、弟である貴ノ花は「一日一日ではないんです。一分一分、一秒一秒が痛い、きつい、つらい・・・」と聞いている方も苦しくなるようなインタビューを見たことがありました。

しかしその言うことは正論が多く、「稽古の中で無意識に身につくのが得意技であり、本当の得意技を身につけないまま引退する力士の、今何と多いことか」と厳しい言葉ですが、大相撲に対する愛情も含まれています。

若乃花

「土俵の鬼」の前のニックネームは「オオカミ」だったのですが、そのもう一つ前のニックネームは、「キツネ」。ガリガリです、期待も何もされていなかったといわれています。平幕での成績が勝率5割5分3厘、入幕から関脇になるまで4年。時間が掛かっても、自分の相撲をつらぬいて、そして完成させた昭和を代表する名横綱でした。




力士名鑑 : 若乃花

 

2件のコメント

  1. 「土俵の鬼」若乃花と実弟・大関貴ノ花のエピソードといえば、
    >>まだ日本大学の相撲部員だった輪島が二子山部屋に稽古に来た際、十両時代の貴ノ花が相手をしたことがあった。年齢は輪島の方が若干上なのだが、さすがにプロの十両力士の方が強いだろうという周囲の予想に反し、貴ノ花は学生の輪島に負けてしまった。これに怒った二子山が「おい!黒い廻し持って来い!」(お前に十両の資格はない!)と言った。
    >>新入幕当時、二日酔いで稽古を休もうとしたところを見つかったことがあった。激怒した二子山は竹ぼうきを使って叩き起こし(聞くところによると布団が血で真っ赤になるまで叩き付けたらしい)、稽古場に連れて行った。
    >>若三杉改め二代目若乃花の新横綱奉納土俵入りで、貴ノ花に太刀持ちをするよう命じた。
    (参考・ウィキペディア)
    上記のエピソードは「いい話」として語られているが、2017年だと「パワハラ」「モラハラ」扱いされそうだ。
    「土俵の鬼」は土俵外でも鬼だった。言い過ぎかもしれないが、昭和の大相撲の暗部を象徴しているようだ。
    花田家には噂レベルだが、かなりヤバい話もゴロゴロしている。いずれ全てが明らかになるのか。

  2. shin2さんへ
    コメント、ありがとうございます。
    ただでさえ厳しかった時代に、特に厳しかったであろう若乃花。親方としては、兄弟の縁を切って入門した弟。とにかく厳しかったでしょうね。貴ノ花が優勝したときは、さぞ感無量だったと思います。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA