照國 安藝ノ海

双葉山 と 照國 、 安藝ノ海 がいた時代

照國は横綱双葉山に唯一、その対戦成績で勝ち越している力士です。通算で照國の3勝2敗。最初の対戦が昭和17年夏場所、当時は東西対抗制で当初は対戦はなく、照國の伊勢ヶ浜部屋が東西の配置換えになって対戦が実現したわけです。

昭和17年は春場所と夏場所ともに双葉山は優勝していますし、昭和18年春・夏にも2場所連続全勝優勝を果たしています。(年2場所制)円熟期に入った双葉山の、4連覇の真っ只中での対戦となりました。

昭和17年の夏、初対戦で照國は勝利をおさめています。この場所は双葉山と照國ともに13勝2敗でしたが、まだ番付上位者が優勝する時代でしたので決定戦なしで双葉山の優勝となりました。最後の対戦のときも9勝1敗だった双葉山、唯一の黒星を照國がつけています。照國は強い双葉山と対戦して、そして勝ち越したのです。

照國

照國は174㎝・162kgの超アンコ型、それでいて叩かれても絶対といっていいほど前に落ちない力士でした。前廻しを引いて相撲をとる力士であり、なぜ前に落ちないのかの質問に、「叩かれても落ちない工夫をしなければなりません。手で取りにいくのが一番いけません。頭と足で取りにいくのです」と答えています。

「頭と足で」などと、なかなか言えることではありません。技巧派であり、それを言葉で伝えることもできる横綱だったのです。また抜群に柔軟な体で、その柔らかな巨体を利したリズミカルな寄り身は、「桜色の音楽」と謳われます。

しかし戦中戦後にかけて体調を崩し、体重も急激に落ち、優勝できない横綱といわれます。それでも、体が戻った昭和25年秋場所・昭和26年春場所に連覇を達成します。

この照國と同時に横綱に昇進するのが、安藝ノ海です。照國と双葉山の初対戦となった昭和17年夏場所、安藝ノ海も13勝2敗で照國と同様に番付下位ということで優勝を逃します。この場所後の同時昇進でした。

安藝ノ海は、双葉山の70連勝を阻んだ力士として有名です。頭を付けて、双葉山が強引に投げを打ったところを外掛けで崩しての勝利でした。

安藝ノ海 双葉山

前ミツを引いて土俵を回りながら、寄るとみせては投げ、投げるとみせては寄る、安藝ノ海の相撲は、「近代相撲」と称されました。昭和初期の四つ相撲の力士を現在では、「古典的な四つ相撲」の力士と形容することがありますが、これは安藝ノ海の登場以前と以後といっても過言ではありません。

大相撲にも戦争の影が色濃くおおっていた時代に、双葉山とともに土俵を支えた二人の技巧派横綱がいました。

力士名鑑 : 照國  安藝ノ海




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