大乃国

大乃国 は双羽黒と北勝海に直接対決では互角以上だったが





今、「頂点に立った男たち、大乃国と17人の横綱」をNHKアーカイブスで見ておりました。大乃国が横綱に昇進したのが30年前、双羽黒の最後の場所となる昭和62年九州場所、一場所だけ4横綱(番付上は二場所)だったわけです。

それを思うと、つい双羽黒の表情を追ってしまいました。巡業の移動で、乗り込む列車はもちろん、列車を降りる順番まで細かく決まっていて、そういえば新人類という言葉も双羽黒の世代だったなぁ・・・などと考えておりました。

主役は大乃国でしたが、番組では大鵬や北の湖が横綱の置かれる立場の厳しさを語ります。その後の大乃国の苦闘を思うと、綱の重さを感じずにはいられません。

大乃国が番付を上げていったころは、3横綱を総ナメにしたりと大物食いという立ち位置にいました。攻撃型の相撲の大乃国でしたので、総ナメにしても10勝5敗、下位に対して取りこぼしが多かったわけです。

その大乃国が負けることが許されない地位に立ち、当時の二子山親方の初代若乃花に励まされるという場面がありましたが、大乃国の緊張がヒシヒシと伝わってきました。

横綱に昇進するときに大乃国は、「角聖」常陸山の再来とまで言われました。一番言っていたのは、元栃錦の当時の春日野理事長だったとの記憶です。それだけ期待が高かったのでしょう。

春日野理事長は双羽黒の名付け親ですし、大乃国に常陸山の名前を出すなど、若手の横綱に対しての想いの強さがうかがえます。常陸山は泉川を得意手にしていたようですし、 引っ張り込む取口だけは大乃国も似ていましたが。

睡眠時無呼吸症候群の影響もあって、実績だけで評価するのは可哀相な面はあります。そして大乃国で必ず語られるのは、 「昭和最後の一番、千代の富士の連勝ストップ」で、今日の番組でもその話を取り上げていました。

千代の富士は30歳を過ぎて優勝回数を伸ばしますが、それは大乃国が大関に上がったころですね。まだ双羽黒は北尾、北勝海は保志でした。新しい時代のトップを走って大関に昇進した大乃国でしたが、その後大関在位は2年を超えます。

その間に双羽黒と北勝海は横綱に昇進します。完全に先を越されたように感じますが、対戦成績では双羽黒とは五分、北勝海には勝ち越しています。地力では優っていました。

千代の富士に分が悪かったのが響いたわけですが、そういえば番組で大鵬と北の湖が語っていた綱の厳しさを、千代の富士は割りとひょうひょうと語っておりました。やっぱり千代の富士は凄かった、というのが主役の大乃国よりも目立った、NHKアーカイブスでした。

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