モンゴル人力士の最初の印象、というか今でも同じですが、昭和の日本人体型・・・食事が西洋化する以前の日本人体型をしているというものでした。
ザックリと言えば、マクドナルドやケンタッキーが日本の入ってきた頃に育ちざかりを迎えた世代以降の力士ですね。「花の38組」辺りでしょうね。
しかしその中で、モンゴル人力士でも足が長い力士がいるなと思ったのが旭天鵬でした。実際のところ、旭天鵬をそういう目で見るのは幕内に定着した頃、もう朝青龍も活躍し始めていた時代ですね。
まだまだ当初は旭鷲山ばかり目立っていました。「技のデパート、モンゴル支店」、旭天鵬はというと地味でした。当時はその後、魁皇や高見山といったレジェンドを上回る記録を作るとは想像もつきませんでした。
もちろん足が長いとは言っても、懐の深さや体の強さは抜群で、絵に描いたような正攻法の相撲がとれる力士で、それが丈夫で長持ちの所以でしたね。
脱走を試みたときの旭天鵬、若いですね。モンゴル人力士の先駆けとして、大変なことも多かったでしょうが、ここで踏ん張ったことが後のモンゴル人力士全盛の礎となりました。
ところで以前に高見盛のブログ記事で、あまり相撲を分かっていないドキュメンタリー番組の話を書きましたが、その番組の旭天鵬編でちょっと酷い場面がありました。
旭天鵬が初めて横綱貴乃花に勝って、金星を上げる場面です。「普通、横綱を破ると座布団が舞い、大歓声が起こる」みたいなナレーションがあって・・・。
座布団は舞わず、そして花道を引き揚げる旭天鵬は耳を疑うような声を聴く。「何で勝つんだよ!」。これがモンゴル人力士差別のように、番組は語っていましたが・・・。
でも、この場所って、貴乃花が7場所全休明けで進退を掛けての強行出場、大相撲ファンはハラハラした思いで貴乃花を見ていた平成14年秋場所。誰が勝っても、何で勝つんだよ!状態でした。その2日目、この場所の貴乃花の初黒星。これは悪意のある編集でしたね。
あれから月日も経ち、日馬富士・千代翔馬が代表的ですが、かつての日本人体型の力士はモンゴル人力士が継承しているといっても過言ではありません。まだ幕下の霧馬山も、そのモンゴル人力士の系譜を継ぎそうな力士です。
現在の大相撲への、旭天鵬の貢献度は本当に高いです。これからも、貢献してくださいね。新生友綱部屋、発進です。
・パワーストーンブレスレット:ローズクォーツで赤房をイメージしました
モンゴル一期生にして脱走してモンゴル大使館に駆け込んだ先駆者、ってまあ当たり前なんですが、取り返しがつかない国際問題になりそうだったのに、うまく収拾をつけた旭國の大島親方はじめ周囲の人も素晴らしい。これが失敗していれば、モンゴル人横綱が次々と誕生することはありえなかった。
そういえば、新大関高安も脱走経験者で「スカす」という隠語を久しぶりに見ました。
最近は入門前に犯罪歴があって、相撲部屋に逃げ込んでくるヤツまで現れた。新弟子も身長・体重以外にも「身体検査」しなけりゃいけない時代だ。
shin2さんへ
コメント、ありがとうございます。
たしかに旭國の大島親方は重要な役割を果たしました。巡業などでは部屋を問わず、厳しく力士を指導した親方だったと記憶しています。今回の友綱部屋の序二段力士の件、辛いですね。