武双山

武双山 は怪物という名の一途な力士でした





藤島親方、土俵下から少し不機嫌そうに立合いをにらみ付ける武双山。土俵人生で一度も、立合いに変化をしたことが無い武双山。正々堂々の相撲を貫いた武双山。

立合いの不成立が告げられ、見ている方は「今のは呼吸は合っていたと思うけど」と思いつつも、「武双山がダメだと言っているなら仕方ないな」と納得させられるのも、現役時代の武双山が実践していたからでしょう。

平成の怪物」・・・武双山。時は若貴ブームの真っ只中。貴乃花は大関に昇進、ここに貴乃花より一つ年長の怪物が現れたわけです。実際の武双山の相撲は真面目一筋で、怪物というよりも、積み重ねた努力がにじみ出ている感じが相撲の中にありました。怪物といえば「江川」を想像する世代ですから。

何のテレビで見たのか忘れましたが、武双山が学生のころに(これも小学生か中学生か忘れましたが)特訓の様子を、実際の場所や道具などで紹介している番組を見たことがあります。その父親の指導ぶりの熱心さと、それについていく武双山の努力と根気強さに感心したのを覚えています。

「平成の怪物」より「努力の力士」のイメージ。すでに武蔵丸が怪物的なスケールを発揮していましたから。とにかく若貴ブームの真っ只中、貴乃花と若乃花貴ノ浪は同部屋で、ライバルは曙・武蔵丸のハワイ勢、魁皇はまだ入幕したばかり。武双山は、日本人力士としての貴乃花の対抗馬として登場しました。

力士の体重の増加が目立ち始めた時期でしたが、武双山は170kgを超える体でありながらアンコ型ではありませんでした。相撲にも激しい攻防がありました。常に自分の相撲をとり切ることに一途で、だからこそ熱戦となったわけでしょう。特に貴乃花戦は、激しかったですね。

同じ年に生まれたライバル魁皇(学年は武双山が一つ上)とは競い合いましたが、魁皇の通算成績の数々の記録を見ると、改めて武双山のケガの多さが浮き彫りとなります。どの力士もケガは抱えますが、武双山は本当に多かったですね。

ケガが多くても一途な相撲、これが武双山でした。同じ「怪物」の江川の手抜きのイメージとは真逆でした。ちなみに私は、江川は好きです。

若貴時代・曙貴時代の熱狂の中、本物の「怪物」の姿を見ることは出来ませんでした。そしてもう一つ、貴乃花のケガはユルフンが直接の原因とは思いたくないし、実際に違うと思います。

大相撲力士名鑑 : 武双山

パワーストーンブレスレット:ローズクォーツで赤房をイメージしました




2件のコメント

  1. >>貴乃花のケガはユルフンが直接の原因とは思いたくないし、実際に違うと思います。
    そんなバカなことヌカしてるヤツがいるのか、と武双山のウィキペディア見たら「2001年5月場所14日目貴乃花戦」で項目ができていた。まだSNSが一般的ではなかった時代だから、武蔵川部屋に非難・中傷のハガキが舞い込んだ、付け人が武双山の目に触れないように処分した云々とあって、こりゃヒドいなあ。
    当時の小泉総理の「感動した!」は貴乃花・武蔵丸・武双山の運命を変えてしまったのか。元総理は気分良かったかもしれないが、私はこの人の顔見ると、政策云々関係なく気分が悪くなる。

  2. shin2さんへ
    コメント、ありがとうございます。
    本当に、ウィキペディアなど見ていると、驚くことが載っているものです。酷いものは、なるべくブログにしていこうと思います。それにしても貴乃花と武双山、激闘が多かったですね。

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