玉の海 大場政夫

あの時代に 玉の海 と大場政夫 は間違いなく王者でした





最強の力士のページの玉の海の絶頂期の成績を見ると、玉の海がいかに凄かったかがわかります。とにかく連続6場所で横綱と大関にしか負けなかった、関脇以下に1敗もしなかったというのは、これからも無いことかもしれません。

この絶頂期の6場所限定という分析方法は、確かに玉の海の凄さを引き立たせる方法となっているのは間違いありませんが。長期的な評価は置いといて(?)一番強かったときに、どれほど強かったかというのを考えてみたということですが、玉の海寄りの分析方法とは言えるかもしれません。

北玉時代は私が小学生の時で、もっとも夢中で大相撲を見ていた時期の、感動の大きさというのもあるでしょう。これは他の何かに対しても、同様かもしれません。

同じ時期「巨人・大鵬・卵焼き」の巨人がV9の真っ只中で、やはり日本シリーズの緊張感は当時の方があったように感じます。今のような、派手な応援の声も聞こえません。

デーゲームが多かった当時の日本シリーズは、秋の夕日がグラウンドに伸びていく光景を真っ先に思い浮かべます。試合の終盤は、グラウンドの秋風すら画面から感じていたようにさえ思います。

ボクシングもまた然りで、この時代に小林弘対西城正三という日本人世界チャンピオン同士のノンタイトル戦があって、その時の興奮は忘れられません。団体も階級も少なかった時代です。

大場政夫が世界チャンピオンになったのは、その小林ー西城の一ヶ月ばかり前の事でした。私は、10歳でした。やはりボクシングでは、未だに大場政夫が自分にとってのスパースターです。

今のようにトーク番組もバラエティ番組もない時代、露出も少なく、プロスポーツのスーパースターは「神」に近い存在でした。ある意味、幸せな時代だったのかもしれません。

長嶋茂雄が引退した時、こんな文章を読んだことがあります。「誰もが長嶋にあこがれた。誰もが長嶋になりたかった。そして長嶋も長嶋たりえなくなった」と。

玉の海は玉の海たりえたまま、大場政夫もそうです。いつまでも全盛期の姿のまま、永遠なのです。それでも新たな感動と、新たなスーパースターを求めて・・・。来週は7月、名古屋場所です。

大相撲力士名鑑 : 玉の海

 

パワーストーンブレスレット:ローズクォーツで赤房をイメージしました




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