白鵬

白鵬 の記録達成、そして貴乃花親方の批判的発言と張り手が意味するもの





大相撲名古屋場所、ついに白鵬魁皇に並びました。通算勝ち星1047勝、偉大な記録です。そしてこの日の解説は、魁皇と同期の貴乃花親方が務めました。この日に相応しい、解説者でした。

白鵬の記録が素晴らしいのは一目瞭然ですので、改めてここでは書きません。貴乃花親方の解説で注目すべき言葉があって、それについて。「白鵬は立合いに、ズレますから」と、これを数回にわたって語っていました。

貴乃花の現役時の相撲を考えれば当然でしょうが、「横綱は正面から受けるもの」という想いが、そこには込められていたのでしょう。横綱が正面から受けないのは、貴乃花の相撲道では有り得ないと思われます。

だから白鵬は如何なものか・・・ということではなく、敢えて言うなら白鵬は「合理的な相撲」をとっていると言うべきでしょうか。今の白鵬の実力と対戦相手を考えた場合の、もっとも理に適った相撲とは何か、その答えを白鵬は常に出し続けているということだと思います。

「合理的な相撲」というのは、相撲内容のみならず、もっと多岐に亘って白鵬は合理的です。一つは稽古の合理性、これは長い力士人生で大きなケガをしていないこと、これは最近の力士のケガの多さを考えると、さすがと言わざるを得ません。

そして、32歳を過ぎても全盛期に近い体重と体型を保っている白鵬、これは大鵬・北の湖・貴乃花、そして朝青龍も出来なかったことです。これについては私見ですが、大鵬以降の様々な稽古及び食生活の経験の積み重ねが、現在に実を結び、白鵬で結実したとは言えないでしょうか。

白鵬自身にはそういう意識はなくても、相撲界の長年の経験と情報の蓄積というのも有るのではないか、それで今30歳代の横綱が4人も揃っているのではないかと。違うかもしれませんが、違う可能性が高いですが、そう思いたいのです。

さて、そしてこの日も炸裂した白鵬の「張り手」。当然ですが、貴乃花親方は白鵬の張り手には何も言及していません。まったく意識の外、興味無しという感じでした。

私も白鵬の張り手そのものには、あまり興味がないのですが、何故に張り手を多用するかには興味があります。張り手はリスクが伴う手であり、このリスクが伴うことを従来は、横綱はしないものでした。

横綱で張り手と言うと、私も好きだった三重ノ海がよくやってました。そして、よく墓穴を掘ってました。「またやった、なんで?」と張り手で失敗を繰り返していました。

リスクが有ってもやる、というのは小兵力士が大型力士に挑むときです。じゃ、結局何故に白鵬は張り手をするのかというと、張り手をしても現代の土俵ではリスクが少ないという、当たり前の結果に行きつきます。

張り手をする瞬間をチャンスに生かすことが出来ない力士が多いので、張り手が多いということでしょう。それでは張り手が横綱として相応しくないかどうかと言えば、今のようにリスクが無くなれば、相応しくないと言えるかもしれません。

それでは逆に、白鵬にも張り手をかます力士がいても良いように思いますが。大鵬を張り手で圧倒した前の山、柏戸や北の富士は福の花に、武蔵丸は旭道山にやられました。板井は、あれは掌底で、張り手からは除外。

白鵬に張り手をするには、まずはスピードとリーチの長さ・・・すぐには思いつきません。体重が、やっぱりネックですね。う~~ん・・・。相撲っぷりが前の山に似ていて、顔も少し似ている玉鷲は、身長で3㎝ほど高いだけだが、体重は40kg近くも重い。やっぱり、スピードかな?

大相撲力士名鑑 : 白鵬

 

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2件のコメント

  1. >>今の白鵬の実力と対戦相手を考えた場合の、もっとも理に適った相撲とは何か、その答えを白鵬は常に出し続けているということだと思います。
    宇良相手に立合い左にズレて左上手取りに行ったのには驚いた。うっかり宇良の前に腕を出したら、とったり引っ掛け手繰られる恐れがあるからだろうが、確かに「もっとも理に適った相撲」だ。
    張り差しは、白鵬が相撲の戦術として定着させた、と言ってよい。NHKのアナウンサーが「立合いに張り差しを選択しました」と、ごく普通に実況している。
    昭和の頃、月刊「相撲」の読者投稿欄で、年に1回は「張り手は禁じ手にすべきだ」云々と掲載されていたのが信じられない。
    張り手とカチ上げの多用には賛否両論あろうが、1048勝の大横綱の「もっとも理に適った相撲」なんだろう。

  2. shin2さんへ
    コメント、ありがとうございます。
    新記録の高安戦も、かなり荒れた相撲になりました。白鵬も普通には勝てなくなったということでしょう。昭和の頃の「張り手」論議は覚えています。極論ですが、福の花が人格者だったこと、前の山が大相撲ファンの期待の若手だったこと、というのが大きかったかもしれません。板井の時に論議が出れば、話は違った可能性があります。本日はブログで嘉風を「昭和の大相撲の体現者」という記事にしました。日馬富士のヒジ打ちに耐え、栃ノ心の張り手に耐えた嘉風、今場所の相撲はお見事ですね。

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