鷲羽山

鷲羽山 「いろんな技が出来る相撲だったね」と本人が言ってます





身長174cm、体重110kg。 昭和48年夏場所に新入幕の鷲羽山は、昭和40年代の力士の中でも 小さかった力士の一人です。しかし、小兵といっても相撲内容は堂々としたものでした。

闘志が顔に出る力士で、時間一杯になってからの表情が一段と恐くなり、また立合いの当たりも強く、体の大小とは無関係、立合いに変化するのは ほとんど記憶にありません。

当たってからの突き押しも強烈で、いなしの巧さも抜群。前さばきも良く、差してからの寄り、下手投げや掬い投げもあり、すべての技がスピード豊かに繰り出されました。

相撲のスタイルは朝青龍に似ています。朝青龍の体を押し固めたような、小さな体で中身の濃いものを持っていたのが鷲羽山でした。

足腰の強靭さと持ち前の闘志で、土俵際での粘りが真骨頂。それも逆転技ではなく、攻め返すところに鷲羽山らしさがありました。観客を沸かせる相撲を取る、いわゆる銭の取れる力士。激しい稽古の積み重ねで、36歳まで現役を務めました。

大相撲DVDのインタビューで、「押しでもいけるし、肩透かしは出来る、上手投げは出来る、打っ棄りもある、差せば吊りもある、色んな技が出来る相撲」と気負うことなく、 自信満々の言葉。そして鷲羽山は、「毎日の稽古の積み重ねだな」、と続けています。

朝青龍にそっくりと書きましたが、土俵際の強さ、勝負への執念、鬼気迫る闘志は朝青龍を上回るものがありました。昭和48年から昭和50年代の土俵を盛り上げた代表的力士です。

なぜその小さな体で関脇を張れたのか?、鷲羽山はこう答えています。「立合いの突っ込みだねえ。小さいけれど、変化をしなかったから良かった」、と・・・。




力士名鑑鷲羽山

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