隠岐の海

隠岐の海 に漂う解放感、なまくら四つでも左四つでも気にしない解放感





ここ数日、コラムの内容が重かったので、ここは隠岐の海について書きましょう。何というか、隠岐の海の相撲には独特の解放感のようなものがある、と思います。

平成20年ごろに幕下以下で将来を期待する若手力士として当時、私が四股名を上げたのは隠岐の海・高安・竜電でした。若手力士とは言え、当時の隠岐の海は23歳になっていましたが、その立派な体格、そしてまだ四股名が本名の福岡だった時代、福岡県民にとっても気になる存在でした。

今回「大相撲になりました」では初めて隠岐の海のコラムを書くわけですが、すでに隠岐の海の十両時代に、以前のブログ「砂かぶりの夜」では書いておりました。やはり注目していた、そんな記憶です。

そのときの記事を振り返ると私、手放しでホメておりますね。胴長短足の、日本人力士では近年で珍しい力士体型。そして本格的な四つ相撲。足が長かった貴乃花や、同じく稀勢の里と比較していて、それだけ隠岐の海への期待が大きかったのが分かります。8年ほど前のコラム。

そして入幕後は大関時代の日馬富士に勝った相撲で、完璧な実力勝ちだと断言しております。これは6年ほど前。「勝つべくして勝った」というタイトルのコラム、盛り上がっておりました。しかし・・・なぜか隠岐の海の記事は、その2回で終わっている。なぜ?

「稽古嫌い」は隠岐の海の枕ことばみたいになっていますけど、かつて稽古嫌いと呼ばれた輪島や旭富士は実は結構やっていたと後日には語られておりまして、隠岐の海は果たして・・・。

体が張っていないと言われたり、相撲もツラ相撲の傾向があったりと、隠岐の海のキャラクターは定着した感がありますが。ウィキペディアでは右四つになってるけど、右四つで強かったイメージは残ってないけど、というか左四つだろ。アレッ、相撲協会のプロフィールも右四つだ。でも、やっぱり左四つと思うけど。

たぶん右四つの時代もあって・・・というか今でも右でとることもあるのだろうが、そんな感じも最初に書いたような、これも隠岐の海に漂う解放感とも言えるのか。

悪い意味ではないが、隠岐の海がどちらの四つなのか、この力士名鑑をつくる段階で初めて考えた。今まで、あまり考えたこともなかった。・・・やっぱり悪い意味か。

私の大相撲力士名鑑では、今のところ若の里だけが「なまくら四つ」になっておりますが、隠岐の海の方が実は「なまくら四つ」が、しっくりとくるような気がする、良い意味で。・・・良い意味か?

間違いなく良い意味で言えるのは、胴長短足で懐が深く柔らかい隠岐の海は、北勝富士にとって最高の稽古相手でしょう。北勝富士が大関に上がったとき、「隠岐の海の胸を借りて強くなりました」というコメントが聞けるかもしれない。

大相撲力士名鑑 : 隠岐の海

 

パワーストーンブレスレット:ローズクォーツで赤房をイメージしました




2件のコメント

  1. 隠岐の海については、下記のブログが詳しい。
    >>八角部屋の稽古を見学してみた。part3 「八角部屋と、隠岐の海。」
    >>http://sp.plus-blog.sportsnavi.com/nihiljapk/article/674
    >>序二段から三段目の力士が汗を流す中で、八角親方不在の土俵を仕切るのは少し意外な人物だった。
    そう。
    隠岐の海だったのである。

    思いっきり「意外な人物」と書かれているが、隠岐の海の「鬼軍曹」ぶりが詳細に記されている。2017年12月現在では、うっかりすると「暴力が蔓延る角界」とか言われかねないが。
    八角部屋の部屋頭は北勝富士だが、プロのキャリアは3年だ。「鬼軍曹」役は隠岐の海が引き受けなければならないのだろうが「稽古嫌い」とは無縁の指導だ。
    32歳、もうベテランと呼ばれる年齢だが、ベテラン感は全くない。相変わらず北の富士氏には怒られっぱなしだ。
    安美錦のように、飄々と40歳前後まで現役を続けそうだ。

  2. shin2さんへ
    コメント、ありがとうございます。
    見た目や雰囲気、解説者の言葉など、イメージは膨らんでしまいますが、本人の日常など知らないままに、勝手に力士像が固まってしまうのは気を付けたいですね。遠藤とともに、お姫様抱っこの場面には必ず映像が出てくる隠岐の海。柔らかくてケガに強うそうな体で、これからベテランの味を出していってもらいたい力士ですね。

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