ワールドカップ もいよいよ明日で最後って・・・、4位は確定だけど。バレーボールの話だけど。





ワールドカップが盛り上がっている。巷の話題はワールドカップ。はるかに体格で優る外国人選手に、果敢に立ち向かう全日本選手の姿には心が躍る。42年振りのメダルも夢ではない、と言われていたが4位が確定したらしい。バレーボールの話だけど。

42年がどれほどに長い時間であるかというと、42年前の私は高校バレーの現役選手としてワールドカップを見ていたぐらい・・・長い時間。42年前、1977年のワールドカップで男子バレーボールは銀メダルだった。

1977年の銀メダルの意味は・・・一言で言えば「復活」だった。1972年のミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した男子バレーは、次のモントリオールオリンピックでメダルを逃す。

金メダルを獲得したポーランドとの準決勝、人一倍長いキャリアを誇った「世界の名セッター」猫田をして経験した「最高の試合の一つ」と言わしめた試合。しかし敗れた。

その翌年の銀メダルが、この1977年のワールドカップだった。しかしこの1977年には、もっと大きな出来事があった。ブロックのワンタッチをカウントしない、という歴史的なルール改正が行われたのだ。

後の全日本女子の監督を務めた、新日鉄の柳本が「ワンタッチボールをオーバーハンドパスでトスにつなげる、そういう職人芸が必要なくなる」と月刊バレーボールの対談で話していた。

実際の話、ミュンヘンオリンピックでの金メダル。決勝を戦った東ドイツ相手の全日本の作戦は、深く守ってワンタッチボールを攻撃につなげるというものだった。

9人制バレーから始まったアジアのバレーボール。日本のバレーも9人制、つまりはオーバーハンドパスを得意としていて、だからワンタッチボールをオーバーハンドパスでトスにつなげるプレーは得意なのだった。

考えてみると、日本に不利・・・というよりも、得意なプレーが必要なくなったわけだが、リアルタイムでプレイヤーとして当時の空気を知る私は、今・・・真実を語ろう。

5年前に金メダル、そしてこのルール改正の年は銀メダル。正直言って・・・大したことはない、という感じだったような気がする。まさかそれからメダル獲得が今の今まで途絶えているとは、1977年には想像することも出来なかった。

まぁ、無理やりに大相撲に結び付けると、例えば立合いのルールをきちんと定めるよとなったら、そこから大相撲のスタイルは大きく変わるという可能性は・・・必ず有るよね。

それにしても190㎝前後の日本人が、200㎝超の外国人選手に真っ向から渡りあっている。42年振りのメダルは次回にお預けとなったが、4位も28年振りなんだと。カナダ戦が最後だから、ちゃんと見よう。それからだな・・・ラグビーは。

大相撲力士名鑑




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