貴景勝

原辰徳 巨人軍監督の1067勝と 貴景勝 の183㎏について考える





原辰徳巨人軍監督が1067勝を達成、川上哲治氏を抜いて歴代巨人軍監督の最多勝利監督となった。天下のONの後を継いで巨人の4番に座った原、現役当時はマスコミに散々叩かれた。比較する相手が偉大過ぎた。

その頃は、「これだけ現役で苦労したら、監督になったら成功するよ」と半分冗談で、友達と話していた記憶がある。30年後の今、本当になった。

原は私より2コ年上で、そのうえご近所さん。原の親父さん、原貢が監督をして甲子園初出場初優勝の快挙を達成した三池工業高校は、私の生家から目と鼻の先だった。

朝に北九州市からスタートした優勝パレードが私の家の近くを通ったのは、夜の7時を過ぎていた。幼稚園児だった私にとって、結構な深夜だった。

今日の先発の戸郷は、過去最多の116球を投げた。これまでは無理をさせずに、100球を超えたらすぐに交代だったけど。若手を大事に育てている。先発ピッチャーが少なくても、我慢して無理をさせない。

昨年、大船渡高校の監督は甲子園出場よりも、佐々木朗希の体の方を考えた。なかなか出来ないことだが、甲子園至上主義じゃない県立高校の監督にとっては、教え子の将来が一番だったのだろう。

ここで相撲の話になるのだが、18歳とか22歳で絶頂期を迎えるような体で、30歳で絶頂期を維持するのは困難だろう。一言で言えば太りすぎ。18歳ぐらいなら、基礎の基礎、ぐらいで将来を見据えてもらいたい。将来とは、25歳過ぎぐらいのことかな。

堀内や江夏の時代は、甲子園で優勝したピッチャーはプロでは通用しないと言われていた。江川の時代も、高校時に酷使されている。本格的に考えられているのは、つい最近だろう。

アマ相撲で、「今は勝てなくていいから、大相撲でトップを目指せ」なんてことを言う監督はいるのかな。もちろん、それは大相撲の親方も含めての話だが。

「輪島の前に輪島無し、輪島の後に輪島無し」、これはいつまで続くのか。もうすぐ50年。原辰徳の見事な監督ぶりを見て、改めてそう思う。貴景勝、180㎏超えで大丈夫か。

大相撲力士名鑑 : 貴景勝




2件のコメント

  1. 貴景勝、七月場所を左膝の靱帯損傷を休場している。素人は減量して苦境を凌ぐと考えるが、力士は逆に増量するらしい。負傷後の横綱稀勢の里も180キロを超えていたが、負傷箇所は左肩だった。
    腰痛で十両に陥落して今場所再入幕の逸ノ城は約30キロ減量したが、全盛期にはほど遠い相撲だった。「力士と体重」問題については結論は出せない。ただ、一般人の減量とは全く異なることは確かだ。
    両横綱が休場で、両大関が結びの一番を務める。不甲斐ない相撲ならば横綱並みの批判をされることになりそうだが、コロナ禍でマスコミの取材も制限されていると、初日にならないと力士の状態はわからない。玉ノ井部屋でクラスターが発生したので、とりあえずは十五日間無事終わることを願おう。

  2. shin2さんへ
    コメント、ありがとうございます。
    「力士と体重」問題は、個人差もあるでしょうし、個人の健康の部分でも変わってくるでしょう。減量で力が出ないのは、体の重さとか筋力だけでなく、血糖値などの内臓的な部分もあるでしょう。貴景勝の今場所の成績は、体重増加と関連して、というかその代表例的な見方をしてしまいそうですね。

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