琴風

「ウルフ」のライバルが「ペコちゃん」と呼ばれていた時代





琴風は19歳で入幕して20歳のときには新関脇となっていますが、それまで大勝ちをほとんどしたことがない力士でした。逆にいえば、大負けをしたこともない力士ということでしょう。ちょうど輪湖時代の最盛期での新入幕ですから、次世代の大ホープだったことは間違いなかったでしょう。

琴風は大ケガをしたから速い相撲ということで、がぶり寄りを身に付けて大関になったという言い方をされることがあったでしょうか。ケガが無かったら横綱、というくらいの有望力士だったと思いますが、あまりにもケガが早すぎたのでケガ以前の琴風の相撲が残念ながら記憶にないのです。

それでも復活後は、幕下全勝優勝・十両14勝1敗で優勝・再入幕で12勝3敗・10勝5敗・そして関脇でも10勝5敗という快進撃のところでの再度のケガでした。昭和55年名古屋場所、ちょうど千代の富士が勝ち始めた場所でした。

この場所まで琴風をまったくの苦手にしていた千代の富士、出稽古で琴風に挑み、対戦成績はここから正反対のものになります。そして、千代の富士は横綱へ。

千代の富士 琴風

それでも千代の富士の新横綱場所の昭和56年秋場所で初優勝、場所後に大関に昇進します。上の写真は琴風の唯一の綱取り場所、昭和58年春場所千秋楽です。

琴風のがぶり寄りも独特のものでした。琴奨菊も無理な体勢からがぶるのをよく見ますが、琴風も強引ながぶりでした。琴風の場合はだいだい廻しを引いてのがぶり寄りでしたから、琴奨菊の方が強引と思えそうですが、琴風も最初は自分不利な状態から、がぶり寄りながら体勢を低くしていくような感じでした。

その強引とも思える取口ながら笑顔が魅力で?ニックネームが「ペコちゃん」でしたが、「ウルフ」のライバルが「ペコちゃん」では・・・。隆の里の方が琴風よりも大関に上がるのは遅かったので、一時はたしかに「ウルフ」のライバルだったはずです。あっ、「ペコちゃん」って言っても、同じ時代に「大ちゃん」もいたし・・・。

ところで琴風は北の富士・増位山と並んで、ヒット曲を持つ歌手であることはいうまでもありませんが、個人的には琴風が歌唱力はナンバーワンだったと思っています。ビジュアル的にも北の富士・増位山に対して、何といっても「ペコちゃん」ですから、ゆるキャラ的な・・・どうも失礼いたしました。




力士名鑑 : 琴風

 

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