逆鉾 寺尾

逆鉾 と 寺尾 のキャラの違いは千代の富士に吊り出される図で分かります





貴源治と貴公俊の兄弟力士が話題の昨今ですが、兄弟力士の先駆けはやはり逆鉾と寺尾といえるでしょう。年6場所制以前の数々の通算記録を持っていた鶴ヶ嶺の息子というのもインパクトがありました。

相撲の型も、父親の衣鉢を継いだ両差しの逆鉾と、突っ張りの寺尾。このコントラストも魅力でした。(コメディアン的風貌の逆鉾に、イケメンの寺尾のコントラストなどとは、絶対に書きません)

まずは逆鉾、相撲の型は鶴ヶ嶺の衣鉢を継いだのですが、しかしイメージは違い過ぎる相撲内容でした。小さな体で大きな相手に、巧く巻き替えてヒジを張って攻めていく懸命な技能相撲で敢闘相撲、これが父親、鶴ヶ嶺の相撲。

ところが逆鉾は巻き替えて両差しになる巧さは際立ちましたが、敢闘相撲というよりセンスの良さの方が先にくる力士でした。9場所連続関脇在位など、本当に長い期間を三役から幕内上位で活躍していたのに、なぜでしょう。体も大きくなかったのに、それで敢闘力士の印象が残っていないのは、逆に大したものです。

とにかく、巧かったのは間違いありません。両差しを得意手にする力士としては大相撲史に名を残す存在である鶴ヶ嶺をして、「差し身の巧さは、オレ以上」と言わしめた天才肌もあったのでしょうが、いかにも次男坊というイメージがついてしまっていましたね。

敢闘相撲を受け継いだのは、寺尾の方でした。千代の富士や同い年の「花の38組」相手に、そして若き日の貴乃花とも、その小気味の良い突っ張りで記憶に残る場面をたくさん作りました。様々な通算記録でも上位に名を連ねたのも、父親譲りの面目躍如でした。

二人ともに千代の富士の全盛時代に三役から幕内上位で活躍した力士ですが、それぞれの個性が千代の富士の吊り出しを通して、垣間見ることが出来ます。

寺尾はその敢闘力士のイメージ通りに、千代の富士とは常に熱戦を演じました。あの有名な、張り手を交えた突っ張りで千代の富士を怒らせてしまった寺尾が、後ろから抱え上げられて吊り落とされた相撲・・・。

千代の富士 寺尾 吊り落とし

まさに壮絶な相撲となりました。ほとんど頭から叩きつけられたような吊り落とし、千代の富士の恐さがここまで出た相撲も本当に珍しい一番でした。

千代の富士 逆鉾 吊り出し

正面から、ヒョイと荷物のように千代の富士に吊り上げられる逆鉾の図。懸命に抵抗した寺尾に比べても、どことなく緊張感のない吊り上げられ方。千代の富士にも余裕が感じられるのは、気のせいでしょうか。実際には、逆鉾は千代の富士とは熱戦を展開しているのですが、やはりイメージですね。

対戦成績をみると、逆鉾は千代の富士に3勝27敗、寺尾の方は1勝16敗。寺尾の方が千代の富士には、全く歯が立たなかったのですが、頑張ったのは寺尾という記憶だけが残っています。私だけかも・・・。

そして長男の鶴嶺山、相撲雑誌で近影を見たことがありますが、もっとも父親似でした。さすが父親の最初の四股名を継いだだけのことはありました。




力士名鑑 : 逆鉾  寺尾

 

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