名寄岩

懸賞金の手刀はスーパースター 名寄岩 が始めたらしい





渡される懸賞金に対して手刀を切る、この所作を広めたのが名寄岩だったというのを知ったのは少し前のことです。昔からあるような土俵上の所作も、先人たちが積み上げてきたものだと感じます。たしかにあの手刀がないと、しっくりとこないですね。

体型は魁皇を2回り小さくしたような、固太りのアンコ型。関脇から大関に昇進する頃は、スター的存在。ちりめん浴衣がよく似合う、力士らしい力士という雰囲気ですね。

名寄岩

大関を陥落後、複数の病気を抱えながら7年間も現役を続け、土俵に登場すれば割れんばかりの声援だったと言われます。一度は幕尻まで下がり、もう引退だろうと思われていたところから盛り返し、38歳で関脇に返り咲いたときは映画化され、新国劇にもなりました。

私の世代は、大関貴ノ花が大相撲史上最高の人気力士だったという意識がありますが、名寄岩登場時の声援を一度は聴いてみたかったと思います。名寄岩は昭和29年に引退していますので、多くの大相撲ファンがラジオで大相撲を聴いていた時代。スターが身近どころか、本当に遠くに輝くスターだった時代。

173cm・127kg、左四つで力任せの吊りと掬い投げが得意。上手が取れなければ、相手の肉をつかんで吊り上げたという、「怒り金時」。北海道名寄市出身の壁静雄、四股名の由来も人間性そのままにストレートで良いですね。

また、「な・よ・ろ・い・わ」、という音の響きも美しく、自分が生まれる前の大スター名寄岩へのイマジネーション、それは最初に感じた大相撲の魅力でした。

40歳と0ヶ月まで幕内で相撲をとりました。稀代の人気力士で、超ベテランだった名寄岩の、その所作が今の土俵に伝えられ残っているのも、大相撲の一つの伝統と言えるでしょう。




力士名鑑 : 名寄岩

 

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