昭和46年秋場所6日目の清國との一番は、貴ノ花の人気を決定付けた相撲だったように思います。それまでの貴ノ花にはアイドル的人気先行の面があったように思います。
それは、名横綱若乃花の弟であったり、水泳のオリンピック候補より力士を選んだという話だったり、本名の花田満が「巨人の星」で当時超人気だった花形満と1字違いだったり、最年少で関取になったりと。
しかしこの大関清國戦の衝撃は、貴ノ花がただのアイドルのレベルではないことを大相撲ファンに思い知らせます。完全に片足を足の付け根のあたりから抱え込まれた状態で、そこから逆転したのですから。
清國は貴ノ花の左足を結構かなりの時間、抱えていた状態で攻め、貴ノ花は取られた左足を清國の内腿に引っ掛けるようにして応戦しました。軽量・童顔の若手力士が、大関に足を取られながらも懸命に粘っている場面はそれだけで大相撲と呼べるものでした。
そしてとうとう、貴ノ花がこの窮地をしのぎにしのいで、ついに土俵に両足を着けた瞬間の盛り上がりといったら、かつて聞いたことのないような大歓声でした。貴ノ花が再び両足で立っている状態になったとき、清國はすでに攻めあぐねて疲れきっていたようで、貴ノ花に右上手を引かれてからすぐに仕掛けられた上手投げに、引きずられるように崩れ落ちました。
アイドル人気ではなく、名勝負を残すことで長く大相撲ナンバーワンの人気力士で在り続けた貴ノ花の、もっとも貴ノ花らしさを表現したスリルとサスペンスの名勝負でした。