横審の「ただ勝てばいい」って言葉と正反対の 照ノ富士 、 舛ノ山 の次の土俵にエール





前回のブログ記事のコメントにも書いたけれど、横審の委員長が照ノ富士の相撲に「ただ勝てばいいってもんじゃない」と発言したらしいので、きっちりと書いておきたい。

この横審の委員長の言葉の裏には、「力まかせに」「体格と体力で」勝っている、という雰囲気が漂う。嫌な感じ。少なくとも7月場所の照ノ富士には、そういう相撲はほとんど見られなかった。

相手を極めて振るにしても、土俵の位置によって、もっとも良いタイミングで振って、寄り切った相撲が多い。相手によって攻め方も自在、勝機を逃さない攻めの厳しさ、すべてはヒザへの負担を出来る限り少なくして白星を重ねる、その努力を尽くしたものだったと思う。

その取口は、土俵の位置に応じた攻めが秀逸だった師匠の旭富士を想起させ、さらにそれを実行できる落ち着いた相撲振り。それは一つの技巧を極めた取口と言えるだろう。

それに対して、貴景勝は正攻法の見事な取口だって文脈になるのなら、むしろ貴景勝が気の毒だ。そして横審の日本人力士贔屓は気持ち悪い。まずは、もっと相撲が見れる人に横審になってほしい、というか本当は誰でも良いが。

話は変わって、平成生まれの関取第一号の舛ノ山が引退する。まぁ、とにかく、舛ノ山の相撲は、止まることのないド迫力の相撲だった。特に、平成24年秋場所千秋楽の舛ノ山VS高安は凄かった。

あの頃は、若手力士の出世頭だった。体はリンゴ型の肉の付き方で重心が高く、下半身も足首や足の裏が安定感に欠いた。足首や足裏って、科学的な裏付けが無くて申し訳ないが。素質よりも気持ちで相撲を取る、そんな力士だった。

ケガが多く、力士として復活することは出来なかったが、まだ30歳、これからだ。テレビのバラエティー番組では大食いの立ち位置を受け持っていたけど、引退会見だったか、結構な男前だった。次の土俵での成功を祈る。

大相撲力士名鑑 : 照ノ富士




砂かぶりの夜

2件のコメント

  1. 舛ノ山はケガも多かったが、取組終了後、気の毒なくらい息が上がっている姿が印象に残る。「肺が人より小さい」とか「心房中隔欠損の疑いがある」とか言われていたが、とにかく15年間の現役生活を終えた。休場は多かったが、力士として完走したと言ってよい。
    高安とともにフィリピンのハーフ力士で、平成生まれ初の関取だった。
    >>平成24年秋場所千秋楽の舛ノ山VS高安は凄かった。
    これが力士生活のピークだったか。序ノ口まで陥落して、四股名を「舛乃山」に改名したが、引退場所で「舛ノ山」に戻したことを知った。英語も話せるとのことで、大相撲に関わる仕事に就けないものかと願う。

  2. shin2さんへ
    コメント、ありがとうございます。
    舛ノ山はケガが多かったし、そしてケガしやすそうな体型とも感じていました。だから、その出世の速さは大したものだと思います。頑張ったんだなぁ、と。引退場所に「舛ノ山」に戻したのは知りませんでした。精一杯やった、という意味でしょうね。引退会見では、すでにダイエットしているような顔をしていて、また聡明な印象も受けました。まずは体を万全にして、次のスタートを切ってほしいですね。

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